【中学生時代⑤】わきがとイジメ

中学生時代

前回(中学生時代④わきがとイジメ)は不登校の間にお世話になった塾についてお話ししました。

今回はご近所のYさんとIさん、3年の担任C先生についてまとめてみました。

 

幼馴染で部活動のパートナーの母、Yさん

教育熱心なYさん

Yさんの娘と幼稚園から一緒で、小学3年生ぐらいまではお互いの家を行き来して遊んだりお泊りをする間柄でした。

私たちが小学3年生ごろから異常に教育熱心になったYさん。近所でも噂になっていました。

しかし、それは噂だけではない裏付けのエピソードがあります。

ある日、Yさん家でYさんの娘と遊んでいるときのこと。

急に娘と私をテーブルに呼んで、向かい合わせに座らせました。

私たちの間に大きな本を置いて壁にして漢字テストを始めました。10問弱だったと思います。

Yさんが「○○」というとそれを漢字で書く。私は勉強が苦手だったのでほとんど書けませんでした。

するとスラスラ漢字を書く娘と全く書けない私を見て満足げな笑みを浮かべていました。

今でのその顔が忘れられません。自分の娘と私を比べたかったのでしょうか。

そういえばテーブルにはゴルフボールぐらいの玉が数個置いてあり、それを掌でくるくる回すことで頭が良くなると、よく言っていました(笑)

また、さらに小豆が置いてあったので何に使うか尋ねると、箸を使って1個ずつ別のさらに素早く移すという頭が良くなるとも言っていました(笑)

いろいろな教育方針があっていいと思います(笑)!

Yさんからのお願い

部活動も一緒でYさんの娘と私はレギュラーメンバーでパートナーでした。

私が不登校になったことで部活動のメンバーには迷惑をかけているだろうなとは思っていましたが、私がいなくなったおかげでメンバーになれる子が出てくるんだし、それでいいか♪と考え部活動に未練はありませんでした。

しかし、家の近所に住んでいたコーチが母に「wakiちゃんはもったいない、授業に出なくても部活動に参加しませんか?」と声をかけてくれていたようです。(※私の事をwakiと表現しています)

Yさんもその一人でした。

ある日、Yさんが私と話をしたいとのことで近くの公園で待ち合わせをしました。

誰もいない公園、久しぶりに会うおばちゃん。不思議な感覚でした。話って何だろう?と疑問でした。

気になる話の内容はこうでした。

『うちの娘のパートナーはあなただけ』

『部活動に戻ってきてほしい』とのお願いでした。

その時、なんと答えたのか覚えていません。でも、その時の気持ちは覚えています。

結局、あなたは自分の娘の成績しか考えない人。私の気持ちや立場はどうでもいいんだ。と。

もしかして、私を助けようと言ってくれていたのかもしれません。

だけど、私はYさんのことは信用できませんでした。

母の仲良し近所のIさん

Iさんとの付き合いも幼稚園からの付き合い。

ひきこもっているときに、留学について調べたくてインターネット環境があるIさん家にパソコンをかりに行きました。時代を感じる!(笑)

以前話したAさんの息子が海外留学をしていて、そこではのびのび生活していると話を聞いていたので、私も海外留学してみようと考えていました。

ひきこもりで対人恐怖症の私が海外留学。なんて無謀な・・・。でも、この時は海外なら大丈夫かもと根拠のない希望を持っていました。

インターネットを使った後、Iさんがお茶を出してくれました。そしてIさんからこう言われました。

「今の状態で留学できると思っているの?」

「その状態で留学できるわけないよね。」

「これ以上お母さんを悲しませないの、お母さんがどれだけ苦しんでいるかわかる?」

「お母さんのことを考えないと!」

とにかく、怒られました(笑)

母はIさんと仲良しだったので色んなことをIさんに相談していたのでしょう。

Iさんは苦しむ母を楽にしてあげたいおもいや、私に学校に通ってほしいというおもいからそのような言葉をかけたのだと思います。

Iさんには感謝しています。Iさんの考えは間違っていません。

でも、この時の私は悲劇のヒロインを気取ってますから(笑)

『私の苦しみを知らないくせにどうしてそんなことを言うの』
と悲しくて話の間中、泣くのを我慢して話を聞きました。

絶対泣くものかと、必死にテーブルの下で手の甲を爪でつねって、つねって、つねりまくりました。

家に帰って手の甲を見ると赤くパンパンに腫れ上がっていました。

熱血C先生

C先生は男性で歴史の先生、当時は30代半ばだったはず。

生徒からの信頼を集める先生と噂では知っていました。

3年生に上がったとき担任がC先生にかわったと聞いても、学校に行く気がなかった私は無関心でした。

もちろん、この先生との楽しい思い出はありませんが印象に残っていることがあります。

歴史は尊い

不登校室に登校した私はひとりで塾のテキストを開いて勉強をしていました。

そこにC先生が入っていきました。軽く会話して、歴史の話になりました。

歴史を熱く語る先生が鬱陶しくなって、

私が「歴史なんてどーでもいいです。」と冷たくあしらうと、

先生から『歴史があるから今があるんだ!歴史は大事なんだ。』と怒られました。

今ならその意味はわかります。当時は精神が不安定。

先生のことが大っ嫌いなうえに、信用してない。とにかく先生にはケンカごしでした。