前回は高校1年生までをご紹介した。
今回は高校2年生についてまとめました。
高校2年生のクラスメイトとの出会いで、その後の人生が大きく変化しました。
対人恐怖症は完治した訳ではありませんでしたが、とても楽しい学校生活でした。
6人の大事な存在
高校生になると転入生が入っていきました。
この転入生はほとんど同年代の子ばかりで、普通高校のような雰囲気になりました。
この転入生たちの多くは特別な事情があって普通高校に通えなくなり、こちらに来た子がほとんどのようでした。
私が仲良くしていたのがNちゃん、Mちゃん、Kちゃん、Aちゃん、Tちん、Tちゃん。
Nちゃん≫1年生から同じクラスだったが、2年生になって仲良くなった。いつも自分のことを「俺」と呼ぶ、ジェンダー。
Mちゃん≫1年生で同じクラス。2年生で仲良くなった。日光アレルギーで皮膚がただれていた。お硬い家庭で、卒業後はお見合いして結婚することが決まっていた(いつの時代だよ!どうして結婚なんか決めるの?と何度も聞いたけど、親がいうからと言ってあきらめていた)
Kちゃん≫他校から転入。1歳年上。細やかな気配りができる。今でもたまに連絡を取り合っている。
Aちゃん≫親の転勤の関係で転入。1歳年上。同じ学校の1つ下の学年に妹がいた。ずば抜けて明るかった。バイトが忙しそうだった。
Tちん≫他校から転入。英語が堪能。外国に興味がある。いつもの情熱の先を見ているような子だった。
Tちゃん≫別のクラス。小人症。いつも母親がついていた。明るくて障害を感じさせない子だった。
この6人と仲が良かった。
席が決まっていなかったので、基本6人近くに席を取って授業を受けていました。
学校以外での生活
少しだけ勉強に興味がわいた私は、漢字検定3級とカラーコーディネーター3級の勉強を始めました。
普通は将来を考えて資格の勉強をするのでしょうが、私の場合は「なんとなく」です。
漢字検定はどうして勉強しようと思ったかは不明(笑)
本屋さんでテキストと問題集を購入しました。問題集は何度も練習しました。
新聞に挟まっている広告の裏に書いて覚えてました。練習すればするほど紙を積み重ねていくのが楽しかった。
カラーコーディネーターは色が好きだったので始めました。(単純!)
この資格は現在、仕事やプライベートでも役に立つので取得しておいて良かったです。
初カラオケ
明るく活発なAちゃんの提案で、みんなでカラオケに行くことになりました。
高校生になって初めて放課後カラオケデビューしました。ギクシャクしながらも歌って騒いだ時間は楽しかった。
ひきこもって以来、初めて友達と夜まで遊びました。カラオケの後は地下を降りたファミレスに立ち寄って晩ご飯。そこでみんなで話す。
あっという間に時間が過ぎました。人通りの少ない繁華街は学校と家しか知らない私には新鮮でした。
この遊びがきっかけで私の行動範囲が広がっていきました。
アイドル的存在の小さなTちゃん
Tちゃんとは別のクラスでした。Tちゃんの身長は小人症と書きましたが、身長が私の腰あたりでした。いつも母親が学校に付き添っていました。
1年生のときからTちゃんの周りには人が集まっていてTちゃんは人気者、ゆるキャラのような存在でした。
とにかく明るくてよく笑って周りを元気にする子でした。Tちゃんと距離が縮まったのはAちゃんのおかげ。
Aちゃんは社交的だったのでよくTちゃんと話していました。そこに私も加わって仲良くなりました。
Tちゃんは小さな体なので移動教室の際に荷物を抱えての移動が大変そうでした。その小さな後ろ姿を見ていると自分がちっぽけに思えて情けなかった。
小さなTちゃんを私は尊敬していました。
Tちゃん初の夜遊び
ある日の放課後、AちゃんはカラオケにTちゃんを誘おうよ!と言いだしました。
正直、体の小さいTちゃんと連れまわして大丈夫なのか心配になりました。Tちゃんを誘うと、Tちゃんは行きたい!と笑顔で答えてくれました。
そばにいたお母さんにも許可をもらって、繁華街へ出かけました。Tちゃんが「初めてだからドキドキする」と言って少し緊張しているようでした。
今まで、友達と出かけることは無かったようでした。
私たちの心配をよそに、Tちゃんはカラオケを楽しんでいました。みんなで歌を歌って学生らしい楽しい時間でした。
いつものように、カラオケの帰りにファミレスに行って腹ごしらえ。普段遊ばないからかTちゃんは少し疲れているように見えました。
店を出たとき外は真っ暗。Tちゃんのお母さんが車で迎えに来ている場所までTちゃんを送りました。
Tちゃんが去り際に「夜まで遊んだの初めて。楽しかった。ありがとう!」と言ってくれました。
その場にいたみんながその言葉にきゅ~んとしました(笑) 私もあの夜が楽しかった。
通信制高校の体育祭
通信制高校の体育祭はその場にいる人が種目に出る。みたいな行き当たりばったりでした(笑)
なので、はしゃぐことが好きな人はいっぱい出場していましたし、嫌いな人はずっと応援に回っていました。
運動会の片づけをしてると私たちの近くでふざけて遊んでいる子たちがいました。
するとそれに気づいた先生が「おい!わきぺ~!」て私を注意してきまた(笑)
これは先生の冗談。
この頃、先生たちとは仲が良くて、何かと目をかけてくれていました。それで、何も悪いことをしてないけど、何かと先生に呼ばれていました(笑)
それは可愛がってくれているという愛を感じていました。この時の先生とは今でもお世話になっています。
愛知万博へ行く
Aちゃんの提案で愛知万博へ行くことになりました。
Aちゃんと一緒にツアー旅行を探して、Nちゃんも誘って3人で行きました。
るるぶを買って計画を練りました。
愛知万博は楽しすぎて記憶にございません(笑)
ただ、歩き疲れた記憶だけはあります。
新しい風を入れてくれたAちゃん
全てのエピソードにAちゃんが登場するくらい、Aちゃんは私を新しい世界へ引き上げてくれました。
Aちゃんの話はいつも面白くて私の知らないことばかりでした。
家庭で苦労しているようでしたが、暗い顔を一切せず明る振舞っていました。
東京の方から田舎に引っ越してきたばかりで、田舎の不便な生活に不満が溜まっているようでした。
「わきぺ。絶対東京のほうがイイって!」と常々言っていたAちゃんは現在は東京で暮らしています。
そういえば、Tちんと一緒で外国かぶれしれる印象でした(笑)
小学生の時にホースステイしたアメリカが大好きで、いつか海外で暮らしたいとも言っていました。
今頃、アメリカにいるかもしれません。